大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 平成8年(ヨ)251号 決定

主文

一  (債権者香寿たつきこと富崎貴子、同風花舞こと宮崎優子の二名を除くその余の各債権者の申立てに基づき)

債務者らは、別紙書籍目録記載の書籍を出版、販売又は頒布してはならない。

二  債権者香寿たつきこと富崎貴子、同風花舞こと宮崎優子の本件各申立てを却下する。

三  申立費用は、債権者香寿たつきこと富崎貴子、同風花舞こと宮崎優子の二名を除く債権者らと債務者らとの間に生じたものを債務者らの負担とし、右二名の債権者と債務者らとの間に生じたものを同債権者らの負担とする。

理由

一  本件は、宝塚歌劇団のスターである債権者らが、債務者会社の発行した表題「タカラヅカおっかけマップ」の書籍(以下「本件書籍」という。)が債権者らの私事にわたる情報を記述し、またプライベートな姿写真を掲載しており、私的生活の平穏が害されあるいは害されるおそれがあるとして、プライバシーの権利、肖像権を被保全権利として、債務者会社及び代表者の両名に対し、本件書籍の出版等の禁止を求めた事案である。

二  一件記録によれば、本件書籍は、宝塚歌劇研究会著とする二六二頁、定価一八〇〇円(消費税こみ)の本で、債務者らが平成八年一一月に約一万部を第一版として発行したものであること、本件書籍は第一部「タカラヅカに行きたい!」、第二部「タカラヅカを知りたい!」、ふろく「もっと近づきたい!」の目次からなるところ、第二部中の「現役スター名鑑」(一九〇頁から二二一頁)では、債権者ごとに左右両頁の見開きで、各債権者の生年月日、血液型、身長、出身地、出身校、入団年、初舞台、趣味、特技、性格、受賞歴、好きなもの欄の記述に続いて、十数行にわたって各債権者の横顔、スターとしての特性、能力等を評し、一部の者に関しては家業や資産にもふれ、そして、債権者香寿たつきこと富崎貴子、同風花舞こと宮崎優子の二名を除くその余の各債権者(以下、便宜「債権者真矢みきこと佐藤美季ら一二名」ともいう。)に関しては、住所を表示し(但し町名までで番地までは記載していない。)、私鉄駅から住所にいたるまでの道順を地図で示したうえ、合わせて居住する住宅(多くはマンション様の建物)の写真まで掲載され、これによって、債権者らがいかなる場所のどのような住居で生活しているか(以下、これを「住居情報」という。)が明らかとなるものであることが一応認められる。

右の事実及び本件書籍の記述内容及び表現の態様等に徴すると、各債権者個人の住居情報の部分を除くその余の記述の範囲及び程度のものは、著名な芸能人に関しては一般の芸能関係の情報雑誌でも紹介を行っているところであり、債権者らが宝塚歌劇団のスターであって、生年月日、趣味、嗜好等がひろく諸雑誌等で紹介されることが一面では債権者らの周知、人気の上昇、保持に役立つ事柄であるともいえるのであって、右記述部分が債権者らのもっぱら私的に属する事柄をみだりに公開し、プライバシーを侵害したものとまでは言い難い。

しかし、有名スターないしタレントといえども、平穏に私的生活を送るうえでみだりに個人としての住居情報を他人によって公表されない利益を有し、この利益はプライバシーの権利の一環として法的保護が与えられるべきところ、本件書籍を出版することによる前記各債権者についての住居情報を本人の承諾なくして出版により公開することは、当該債権者のプライバシーの権利を侵害するものというべきである。債務者らの芸能人のプライバシー権の範囲の制限、表現の自由等の主張は、個人の住居情報に関しては採用できない。

《証拠略》によれば、本件債権者らはいずれも独身、一人住まいの若い女性であって、私的生活のうえで不必要にファンの押しかけ、付きまといを受けたり、職業がら深夜帰宅が稀ではないところ正体不明の者に追尾されることなどを切実に危惧し、債権者の一部には現実に種々の嫌がらせ行為を受けていることが窺われ、債権者真矢みきこと佐藤美季ら一二名に関しては、本件書籍の出版、販売が継続されて住居情報の公開がさらに続けられるときは回復困難の損害を受けるおそれがあると認めることができる。

三  債権者らは本件において肖像権侵害を主張するので、債権者香寿たつきこと富崎貴子、同風花舞こと宮崎優子についてみるに、本件書籍の前記各紹介欄ごとに全債権者の写真が掲載されているところ、債権者香寿たつきこと富崎貴子について掲載されている写真は顔写真とファンと同道している写真の二葉、同風花舞こと宮崎優子について掲載されている写真は顔写真と街頭でひとり立った写真の二葉であって、これらの写真は一般人の見地からみて撮影・公開されることを本人が拒絶することが明らかな写真あるいは他人の行状・私生活の状況をとりたてて暴き出した写真には当たらない。本件において、債務者側で右の写真を撮影しあるいは写真を入手した経緯等は不明であるが、債務者らは宝塚のスターとしての債権者らを書籍で紹介するにあたり写真を掲載したものであり、写真等によりさらに広く知られることが宝塚のスターとしての債権者らにとって有益ともいえるのであって、債権者らの肖像権が人格権のほか財産権としての意義をも有するとはいえ、右写真内容、枚数及び掲載目的等からすると、右写真入りの本件書籍の発行が出版等の差し止めをしなければならない程度に違法な肖像権の侵害行為とみることは困難であると言わざるを得ない。

四  よって、債権者真矢みきこと佐藤美季ら一二名の本件申立ては相当であるので認容し、債権者香寿たつきこと富崎貴子、同風花舞こと宮崎優子の各申立ては、被保全権利ないし保全の必要性が認められないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 朴木俊彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例